株式会社オンザリンクス
代表取締役社長
国立大学法人 東京海洋大学
理事(産学連携・情報化担当)/副学長
産学・地域連携推進機構長/
総合情報基盤センター長
企業経営において、物流情報のデジタル化が重要性を増していく中、世界で戦える物流をいかに構築し、どのように競争優位を築くのか。
国内の物流研究の第一人者である東京海洋大学理事の黒川久幸氏と、国内企業の物流デジタル化を支援する(株)オンザリンクス代表取締役社長の東 聖也が考えや思いを語り合いました。
黒川先生はもう何十年も前から物流の専門家としてご活躍されています。
これまでのご経歴と現在の活動について少し教えてください。
東京商船大学(現東京海洋大学)が1978年に日本で初めて物流を専門に学ぶ学科を設立しました。この学科に編入学したのが物流に関わるきっかけでした。物流を勉強していくと在庫管理や生産管理とも関係してきて、だんだんと経営に近くなっていくのがおもしろくて興味を持つようになりました。
最近は労働力不足の問題などで、国が様々な取り組みを行っていますが、厚生労働省関係のセミナーのお手伝いなんかをやっています。47都道府県あるうちの私は8つの県を担当させて頂いて、荷主と運送事業者の協力による取引環境と長時間労働の改善に向けたガイドラインの説明を行っています。
あとは墨田区や東京東信用金庫さんと連携して地産地消プロジェクトのお手伝いもやったりしています。経済活動って生産、消費、流通の活動があって、3つの活動が回って初めて経済って回りますよね。いくらモノを作っても商品をちゃんと消費者の元に届けなければ経済は回らないですし、需要に応じたものをちゃんと作って、提供していかないといけません。流通は私の専門分野なので、その辺りで貢献が出来るかなと思っています。
ありがとうございます。おっしゃる通り、経済活動において流通、物流はとても大切ですね。
昨今の物流危機を乗り越えるために企業の物流デジタル化が進んでいますが、最近注目されている取り組みなどありますか?
物流の中で最も人手がかかるのがピッキング作業なんですが、ピッキングは3つの基本動作で構成されます。移動して、探して、取るという動きです。省人化を図ろうとすると、この3つの動きを機械でカバーしてあげればいいのですが、一番機械化しやすいのが移動の動作です。そこだけでもロボットに置き換えることで生産性は3、4割、大きいと倍になります。
倉庫内作業で最も人手を要する作業がピッキングです。その作業を3つの動作に分けて移動のみを機械化することで、生産性が倍になるというのは非常に興味深いですね。
はい。あと今後、物流に必要な取り組みとして注目しているのは人材育成です。日本ロジスティクスシステム協会が2017年に行ったアンケート調査で、物流の人材育成の課題が浮き彫りになりました。5Sや業務の運用方法といった教育は進むのですが、データ分析やICTの活用といったところが殆ど出来ていないんです。工場はデジタル化が進んでいるんですが、物流倉庫は工場と違って扱う物が時と場合によって変わったり、物量も波動が大きかったりでなかなか自動化、標準化が難しかったということもあると思います。
どちらかというとこれまで人で何とか対応してきたのが日本の物流ですね。
ICT等の情報技術の活用がすごく遅れていて、日本の企業はそこに全然投資もしていないのが実状です。人手に頼って労働集約的になんとか解決してきたという長い歴史があります。
情報技術に投資していないということは、デジタルで扱う土台がないので、データ分析や統計的な処理が物流のオペレーションにそもそも含まれていないんですね。
そうした土台がないので、教える人もいないし、下も育っていかないということですね。
御社もWMSを開発されていますが、業務を回す為のシステムなので、業務で必要な帳票やデータは出力出来ますが、業務改善で必要なデータが抜けないといったことがありますよね。
例えば出荷指示データは出力できるけど、ピッキング指示書を生成しているデータをそのまま抜くといったことが出来なかったり。印刷は出来ても、その印刷元のデータが抜けなくて、業務改善に苦労した経験が私にもよくあります。
あとは納入先のコードが企業や倉庫によって違うといったことも未だに多いですね。同じ会社の中でも部署によって違ったりということもあります。
物流企業や3PL企業でも多いですね。荷主が管理している納入先のコードと自社の納入先のコードが違ったり。あとは企画商品や商品改変によって、同じJANでも商品名が微妙に違ったりといった対応も物流現場では困っています。
他にも商品マスタに重量やサイズの情報がないので、詳細な分析が出来ずに改善が進みません。こうしたデータがマスタ化されていることがまだまだ少ないです。
梱包やトラックの積み付けでの無駄はまだまだ多く現場で起こっています。こうしたデータのマスタ化が進めばまだまだ改善余地はあると思います。弊社も「輸快通快」という運賃最適化、物流コスト最適化のシステムを開発していますが、クライアント企業に提案すると、多くの場合、「重量やサイズを登録が出来ない」と言われてしまいます。
サイズを自動で測れる機械があるので、そうした機械を入れてしまえばいいんじゃないですか?
入荷の際に重量やサイズがマスタに登録されていなければ、アラートを表示して計測してから入荷する運用を徹底すれば良いと思います。
サイズ計測の機械が100万以上するので、そこでまたハードルが上がってしまいます。最近はそうした機械のリースも検討中です。国が進めている「スマート物流サービス」でも、荷姿やサイズ情報のデータ化が研究課題として挙がっています。やはり企業は今後こうした情報をマスタ化してもっと物流効率化を図らなければならないと思いますが間違っていますか?
間違っていませんよ。重量やサイズ情報は今後絶対に必要になります。私もよく授業とかで効率化の話をするときに、データ分析の一例として用いるのが共同配送です。トラック台数が何台になるか、重量と容積をちゃんと考慮して組み合わせした方が必要台数を減らすことが出来ます。共同化だけでも効率化になりますが、何も考えずにやるのと、しっかりデータ分析してやるのとは効率化の程度が全然違っていて、それは今後非常に重要な考え方になっていきます。
多くの企業が共配を進めていますが、重量やサイズ情報を持たずに進めています。マスタ化をしっかりやって、積載効率を最適化していくことでトラック台数は大幅に減らせるはずです。
この辺りについても、「輸快通快」で今後解決していきたいと思っているんですよ。
今、飲料メーカーや食品メーカーが同業種で集まって共配を行っています。しかし、同業種だと扱っているアイテムが基本的に似ているので本来の組み合わせの観点からすると実はあまり効率的ではないんです。
本当にトラックの必要台数を減らすのであれば、異業種でやった方が効率的です。同業種だと物流波動が同じなので、忙しいときはスペースの取り合いになって、閑散期は積載率が落ちるといったことになってしまうからです。お互いの首を絞めるようなことにもなりかねないので、本来であれば異業種で進めた方が良いと思います。
確かに異業種でやった方が必要台数は減らせるかもしれませんね。同業種であれば共配自体は進めやすいですが、効率化を追求するには物流波動がボトルネックとなりますね。こういった組み合わせの問題も、本質的なところをしっかりと理解した上で進める必要があるということですね。
デジタル化を進めていくには必要な情報をしっかりと集めなければなりません。しかし、マスタ化がまだまだ進んでいないので、まずはそこからですね。そうした関係でデータを活用できる人材の育成もまだまだ遅れています。結果としてそこに投資がされていないというのが実状です。
黒川先生から見て、日本の物流デジタル化は海外と比べてどうでしょうか?
やはり遅れていますね。人に頼っている部分が多いと思います。でも日本の場合はちゃんと出来ちゃうんですね(笑)
人材が優秀なので、ちゃんとやってしまうんです。人海戦術でほとんどのことが解決されてきたのが日本の物流現場のこれまでですね。海外はそもそも違っていて、盗難だったり従業員のモラルであったりとか、そういった基本能力的なところで、信用できない部分を色んな技術を使って、人に頼らない物流が実現されているという現実があります。
日本の場合、雇用主と従業員の信頼関係が逆に技術の普及や標準化を阻んでしまっているということですね(笑)
RFIDにしても、海外だと盗難防止のための技術として一気に普及しました。それでRFIDが普及して、物流でも利用されるようになっています。そもそも考えているベースが違うといったことも大きく関係していると思います。
ECやオムニチャネルが発展する中で物流機能は複雑になり、且つ重要性を増しています。
その中で物流領域におけるデジタル化の価値というのはどのようなものでしょうか?
今は消費者が色んなチャネルから買い物が出来る環境が整っています。そうなってくると、物流デジタル化で大事なのは在庫の一元管理です。従来だと店舗在庫、ネット在庫と別で管理することが多かったと思うんですが、今はその境界が無くなってきています。
店頭で商品を見て、いいなと思ってネットで購入することもあれば、ネットで色々と探して、店頭で実際に触ってみて購入するといったように色々な買い方が有機的につながっています。そうなってくると、在庫を管理する側からすると、バラバラに管理するのではなく、一元的に見て臨機応変にいろんなチャネルに対して対応出来るようになっていかなければなりません。
そういった意味では、在庫の管理の仕方っていうのがこれまで以上に重要になってくるんじゃないかと思っています。
古くから在庫の一元管理という考え方は存在していましたが、より有機的な結合が必要になってくるということですね。
ただ単純にお客様から買ってもらえる商品だけを適正に在庫管理すればいいというのではなく、企業は商品を売っていかないといけないので、消費者の購買の情報などを紐付けてより複合的に在庫を管理する仕組みが必要でしょうね。それがないと、どういう商品を開発すればよいかとか、どういう売り方がよいのかといった分析も出来ません。
オーダーに対してどこの在庫を引き当てるかといった観点も、より重要になってきますね。
その通りです。ECでいえば、だんだと売れていって規模が大きくなってくると、在庫拠点を増やしていくことになります。
関東から全国へ配送していたのを、ボリュームが増えてくると関西や九州から配送するようになっていきますよね。そうなってくると在庫の持ち方が非常に重要になってくると思います。
販売地域によって売れ方も違いますしね。在庫バランスや輸送コストの観点からどこにどれだけ在庫を持ち、どの在庫を引き当てするかがこれまで以上に戦略的な意味を持つようになります。
ECだと急にアイテムが増えてきて倉庫に入りきらないという問題が出てきます。その時にどのアイテムをどれだけ持つかを決めなければならないんですけど、意外とそこが決まっていない企業が多いですね。つい先日も、通販関係の企業に就職した卒業生から在庫の持ち方をどうしたらいいのかと相談があったばかりです(笑)
物流デジタル化に向けて”標準化”と”共有”の意識がまだまだ希薄のように感じ危惧していますが、打開策はあるのでしょうか?
コードとかそういったところは世界全体で標準化されていくことになると思います。将来的には色んなところにデータで繋がっていかないと事業が広がっていかないような時代になると思います。そこに焦点を当てて進めていければいいんじゃないかと思いますね。
自らが標準化や共有を進めていこうとする企業が少ないのは何故でしょうか?
データを取ってもそのデータをどう使うかを知らなければ、なかなか進まないと思います。データって何かをしたいから取るわけじゃないですか。取ることが目的ではないので。会社の業績を良くしたいとか、生産性を高めたいとか、そういった目的があってデータを活用して分析するわけですから。一連のことがちゃんとつながっていないと継続は難しいと思いますね。
私たちのようなシステム提供側の説明が足りていないと言うこともありますね(笑)
力不足を痛感します。
物流企業でも生産性の指標となるデータをせっかく持っていても、管理スタッフがそのデータをどう活用していいか分からないんですよ。何が問題でどういった改善を行えばよいかが、データを見ても分からない。
実際に業務改善につながるようになれば、やる気になると思いますよ。それで業務が良くなっていけば、さらにもう一歩踏み込んでといった感じで進んでいくと思います。
この辺りが今後の課題ですね。せっかく高度な分析が出来ても、その結果を踏まえて次の行動を起こさないと意味がありません。そこがWMSを提供する側から見てもハードルが高いなと日々感じています。データをとって分析しても、結果が出ておしまいというのが多いですね。そこをどうするかですね。
そうですね。分析の結果によって現状を把握して、そこから仮説を立てて検証し、仮説に基づいて改善を進めていくことが大切です。今はまだ、現状把握で終わってしまっている企業が多いですから。
その辺の工夫が今後のデジタル化には必要なんじゃないかと思いますね。
今後の各業界における物流デジタル化に向けた具体的なアプローチについてお考えを聞かせて頂けますか?
大きく2つに分かれると個人的には考えています。1つは現状の業務の中でより生産性を高めたり省人化を図るために、デジタル技術やロボット技術を使っていくというアプローチ。
もう1つはデジタル化やロボット技術をベースに、これまでと全く異なるオペレーションを最初から設計していくというアプローチです。
例えば、ほんとに機械だけでオペレーションを簡潔させようとすると、人が歩く通路すら倉庫には必要なくなるんですよね。そうなると倉庫の設計からオペレーションの設計まで、全く変わってしまいます。
それぞれのアプローチによって要求される技術やロボットのレベルが違ってくると思います。
大変貴重なご意見を聞かせて頂き、ありがとうございました。