私のふるさと広島のファーストフードであるお好み焼き。天かすや卵や麺など様々な具材を混ぜ合わせて絶妙な味わいを楽しめます。どうやら私たち日本人には、異なる要素を巧みに組み合わせて新しい価値を生み出す文化が根付いているようです。日本の技術者やデザイナーは、この「組み合わせの妙」を活かして斬新な製品を生み出すことに長けています。ものづくり大国日本は、こうした文化や強みが根底にあって生まれたのでしょう。このアプローチは、現代のシステム開発においても重要な示唆を与えてくれます。テクノロジーの進歩は凄まじいものがありますが、その一方でデザインの基本原則は不変です。なぜなら、テクノロジーがどれほど変化しても、人間の本質は変わらないからです。
何世紀も昔から、人々は日常生活を送り、喜びや悩みを抱え、他者とのつながりを求めてきました。テクノロジーの進化は、人間の根本的な悩みを解消するものではありません。
急速にデジタル化が進む社会において、デザインの原則を適用することは容易ではないかもしれません。しかし、デザインはテクノロジーと人間、ビジネスと政治、文化と商業を結びつける素晴らしい領域です。同時に、デザイナーはその製品が人々に実際に使われるものであることを常に意識する必要があります。デザインは、私たちの生活のあらゆる場面に存在しています。
これからのデジタル社会では、ベンダー主導からユーザー主導へのシフトが求められます。人々の日常に寄り添うデザインの重要性が増していく中で、テクノロジーは単なる手段であり、真の目的は人々の幸福な生活を実現することです。本稿の目的は、システムをデザインするエンジニアやデザイナーに向け、現代のテクノロジーが抱える問題を認識し、改善へと導くきっかけを提供することです。これからシステムデザインに携わるすべての人にとって、この文章が良い出発点となり、役立つ指針となれば、この上ない喜びです。
2024年11月17日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
3.人間中心のシステムデザイン:ダ・ヴィンチに学ぶ統合的アプローチ
1.過剰な機能追加の罠:効果的なシステムデザインの指針
システム構築の現場では、様々な要件が異なる部門から提示されます。そのどれもが必要性のある正当なものであるため、すべてを解決しなければならないというプレッシャーに苛まれがちです。その結果、過剰な機能追加に陥る「機能主義」と呼ばれる状態が発生します。この「機能主義」の特徴は、無計画な機能追加主義に基づいて、必要以上に機能を増やしていくことです。物流システムの構築においても、多くの要件が現場に埋もれています。これらすべての要件を満たすことがシステムの使命であり、その達成こそがイノベーションだと誤解されがちです。しかし、複雑なものを複雑なままにすることはイノベーションではありません。物流現場の複雑な要件をいかにシンプルにデザインするかこそが、真のイノベーションの源泉です。
例えば、3つの工程を含むプロセスがある場合、それぞれの工程に3つの追加機能を実装するのは難しいことではありません。しかし、3つのプロセスを一つにまとめ、同じ成果を達成できれば、それは立派なイノベーションと言えます。この「機能主義」は、特に基幹システムで顕著です。多くの基幹システムは、各部署や担当者の要望に応えることで、機能がどんどん膨れ上がり、最終的には不必要なほど複雑化します。その結果、システムは理解しづらくなり、バージョンアップが困難となり、他のアプリケーションへの移行も難しくなってしまいます。
この「機能主義」に陥らないためには、次の基本的なデザインの問いに立ち返ることをお勧めします。「1. 何を達成したいのか? 」「2. それをどのように実現しているのか? 」「3. 代替となる方法はないか?」 これらの問いを常にチェックすることで、システムが過剰な機能を避け、シンプルで効果的なデザインを維持する助けとなります。
2.意図的な複雑さ:システムデザインにおける新しい視点
「シンプルは美しい」—— この言葉は、デザインの世界では長らく金言として扱われてきました。しかし、現代のシステムデザインにおいては、この原則を無条件に適用することが必ずしも正しいとは限りません。時として、意図的な難しさこそが、優れたデザインの要件となることがあるのです。たとえば、銀行の残高データ。企業の在庫管理システム。これらは、デジタルの世界に置かれた現実の資産です。その一つの数字が、時として何百万、何億という価値を持つこともあります。このような重要なデータを扱うインターフェースに、「誰でも簡単に」というデザイン思想を適用することは、むしろ無責任といえるでしょう。
非常ベルを例に考えてみましょう。私たちの身の回りにある非常ベルは、透明な固いプラスチックのカバーで保護されています。これは一見、使用を妨げるような設計に思えます。
しかし、この「わざとらしい」抵抗こそが、この装置の本質的な価値を守っているのです。適度な力で押せば作動する—— この絶妙なバランスこそが、優れたデザインの証なのです。
物流システムにおける在庫管理を例にとりましょう。データの編集インターフェースに適度な「抵抗」を設けることは、時として必要不可欠です。
・確認画面の追加
・承認フローの設定
・操作ログの記録
・アクセス権限の制御
これらの「複雑さ」は、システムを守るための必要な砦となります。良いデザインとは、必ずしも「シンプル」である必要はありません。それは、その機能が持つ重要性と、それを使用する文脈を深く理解した上で、適切な「抵抗」を設計することです。時として複雑さを付加することが、システムの本質的な価値を守ることにつながるのです。
3.人間中心のシステムデザイン:ダ・ヴィンチに学ぶ統合的アプローチ
多くのアプリケーションでは、効率性の追求という名目のもと、人間性を置き去りにしています。例えば、とても面倒な入力フォームを全て埋めるように求められます。
しかし、それは機械自身が要求しているのではなく、ソフトウェアのデザインが人間についての配慮が欠けているからです。遠慮なく言えば、それは不適切なプログラミングなのです。私自身も不適切なプログラミングを何度も書いて、お客様に不便な操作を強いてきた一人です。未だかつて、自分が満足できるプログラムを書けたことは
一度もありません。だから未だにこうやって試行錯誤を繰り返しているのであり、どうやらそれが私の活動の源泉のようです。
機械的な手順によって人間の創造性が抑制されたり、データのやり取りが優先されることによって、人間関係が希薄化したり、人間性を置き去りにした効率化追求の副作用はいたるところで症状として現れています。これらは、システムが人間に合わせるのではなく、人間がシステムに合わせることを強いている状態です。今後、AI(人工知能)が感情を持つようになれば、こうした問題は解決されるのでしょうか?私の専門分野である物流で考えてみましょう。物流とは、単なるモノの移動ではありません。
生産者と消費者をつなぐ信頼の絆であったり、地域と地域をつなぐ文化の交流であったり、社会全体の血流としての機能が物流の本質であると私は解釈しています。
かつて、ダ・ヴィンチは人体の血液循環を研究し、その完璧な仕組みに魅了されました。現代の物流システムも、同じように自然で円滑な流れを目指すべきです。
人間中心のシステムデザインでは、入力項目の最小化といった取り掛かりやすいものから、「作業者の知恵の活用」や「つながりの強化」といったどうやってデザインすればよいかわからないものもあります。実践的なデザインアプローチを検討する上で、ダ・ヴィンチの”好奇心”は非常に強力なツールです。ダ・ヴィンチは観察と共感を大切にしました。現場での丹念な観察、作業者へのインタビュー、実際の業務フローの体験がその助けとなるでしょう。
また、統合的な視点で言えば、効率性と使いやすさの両立、データ分析と人間の直感の調和、美しいUIと機能性の融合などが考えられます。物流システムは、テクノロジーの進化とともに、さらにその重要性を増していきます。しかし、人間の本質が変わらないとの同じように、「人と人をつなぐ」「社会を支える」「文化を育む」といった物流の本質も変わらないのです。
4.調和したシステムデザインの探求者たちへ
ダ・ヴィンチが追求した普遍的な調和。それは単なる美の追求ではありませんでした。彼は解剖学を学び、建築を極め、芸術を創造し、工学的な発明を重ね、そのすべてを通じて、世界の根底に流れる普遍的な法則を探求し続けました。その探求は、まさに現代のシステムデザインが直面している課題に通じるものです。
システムデザインに携わる全ての皆さん。あなたたちは単なるプログラマーではありません。あなたたちの仕事は、単にコードを書くことではありません。データベースを設計することでもありません。画面のレイアウトを整えることでもありません。あなたたちは、現代の建築家です。情報という建材で、機能という空間を組み立て、体験という景色を創造するのです。そして何より、あなたたちは社会の設計者です。システムは人々の行動を形作り、その行動は文化となり、その文化は社会を変えていきます。
以下図は、私の考える現代の物流システムに求められる、相反する要素を整理し、システムが社会を変革するプロセスをイメージしたものです。
これらの要素は、一見すると相反するものに見えます。しかし、ダ・ヴィンチが人体の中に見出した完璧な調和のように、これらもまた、優れたデザインの中で一つの全体として機能するはずだと私は信じています。システムデザインは、単なる技術的な営みを超えて、新しい時代を形作る創造的な活動です。
・誰もが直感的に理解できる操作性
・心地よい利用体験
・適切な複雑さと必要な簡潔さ
・文化的な文脈への配慮
・持続可能な発展への貢献
これらすべてを包含した システムこそが、より良い社会への確かな一歩となるのです。ダ・ヴィンチは言いました。「単純さは究極の洗練である」と。しかし、その単純さに至る道のりは、決して単純ではありません。それは、複雑な要素の深い理解と、絶え間ない探求の末に得られる境地なのです。システムデザインに携わる皆さん。あなたたちもまた、この時代の調和の探求者です。技術と人間性の間に、新しい調和を見出してください。そして、その調和を通じて、より良い未来を描き出してください。それこそが、ダ・ヴィンチが私たちに託した遺産を受け継ぐ、最も確かな方法なのです。