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物流の2024年問題によって、荷主は運送会社からの運賃値上げに戦々恐々としています。どの企業に聞いても同じ悩みを抱えており、明確な打ち手がないのが実状ではないでしょうか。しかし、私たちは荷主がの努力によってまだまだ運賃値上げに対する対策はとれると考えています。さすがに運賃の値下げ交渉など、今からの時代出来るはずがありません。ではどうするのかというと、数理モデルによる運賃最適化です。データドリブン物流を実現するために、数理モデルの活用は極めて重要だと私たちは考えています。この手法は、適切なデータ収集と分析を通じて、効率的な物流戦略を策定し、リアルタイムでの意思決定を可能にします。数理モデルは、在庫最適化、ルート最適化、物流コスト最適化などの分野で使用され、物流プロセス全体を最適化するための貴重なツールとして機能します。このアプローチにより、企業はコスト削減、配達時間の短縮、顧客満足度の向上などの利点をこれまでより高いレベルで享受することができます。今回は数理モデルを活用した運賃最適化の導入事例について詳しく解説したいと思います。
2024年3月24日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
<目次>
1.数理モデルって何?
数理モデルは、数学や統計学の手法を使用して、ある現象やシステムを数学的に表現し、その振る舞いや特性を分析するためのモデルです。具体的には、数理モデルは数学的な式やアルゴリズムによって表現され、そのモデルを用いて現実世界の問題を解決させることができます。※数理最適化ともいいます。
数理モデルは物流や金融、生産管理、エネルギー、医療、環境など、さまざまな領域で活用されています。問題の複雑さを抽象化し、解析可能な形に変換することで、問題の理解や解決を支援します。数理モデルには、線形計画法、非線形最適化、確率モデル、統計モデル、シミュレーションモデルなどがあります。これらのモデルは、さまざまな数学的手法やアルゴリズムを組み合わせて構築され、特定の問題やシステムに適用されます。
数理モデルの利点は、複雑な問題を明確に定義し、定量的な分析を可能にすることです。これにより、意思決定プロセスをサポートし、効率的な解決策を見つけるのに役立ちます。こうした数理モデルなどを使用した問題解決のアプローチのことをオペレーションズ・リサーチと言います。
少々難しい話になりましたが、簡単に言えば、膨大な条件を考慮して最適解を高速に導き出すことができる数学的な解決手法だとご理解下さい。数理モデルが採用されている身近な例では、スマフォの乗り換え案内アプリです。膨大な公共交通機関の時刻表や経路情報を考慮して最適なルートを瞬時に提案してくれますよね。私も出張の際にはいつも利用して大変重宝しています。数理モデルを使わずに、一般的な条件式による制御構造型プログラミングでは、条件分岐や繰り返し処理が膨大になり、最適解を導き出せなかったり、処理時間に問題が生じるため、数理モデルが有効なのです。
2.ケーススタディ(機械部品メーカーI社の例)
機械部品メーカーであるI社は、部品を各地の工場から全国の機械メーカーへ供給しています。I社は、2024年問題を前に、これまでとは異なるアプローチで、物流コスト削減を模索していました。そんなI社に私たちは数理モデルを用いた「運賃最適化プロジェクト」を提案しました。実際にI社に提案した数理モデルを導入する手順は以下になります。
数理モデルの導入では、まず最初に問題を整理するところからスタートします。ここでどのような最適化問題を解きたいのかを定義します。I社の場合は運賃のコストダウンとリードタイムの短縮の大きく2点でした。契約している運送会社は、主に小口配送を担う宅配業者大手2社、大口配送を担う路線業者6社とチャーターの4社でした。運賃は年間で2億6千万円で、他の例にもれず、常に数社の運送会社から値上げの交渉を受けている状態でした。
「宅配」、「路線」、「チャーター」3つの配送方法と計12社の運送会社の中からオーダーに対して最も最適な運賃になる運送会社を選定するという問題を設定しました。もう1つはリードタイムです。こちらについてはオーダーに対して最も最短で運べる運送会社を選択する必要がありますが、一つ目の運賃とはトレードオフの関係にあります。このような場合は優先順位と重みつけを設定しますが、I社の場合は運賃を最優先することにしました。
3.問題をモデル定式化
問題が整理できたら、続いてモデル定式化を行います。こちらについては専門的な数学的知識が必要なので詳細は省きますが、「変数」と「制約式」と「目的関数」の3つを整理します。
「変数」は何を決めるのか、「制約式」はどのような制約条件があるのか、「目的関数」は何を達成したいのか、を定義します。I社の場合は以下のように定式化しました。
4.制約条件はハード制約とソフト制約に分けて整理する
制約条件とは、実際に運送会社を決定する際に発生する様々な制約のことです。例えば、運送会社の荷量の制限や、運べる曜日、納入先の搬入ルールなどです。制約条件を設定する際に、重要なポイントがあります。それはハード制約とソフト制約に分けて整理すると。ハード制約とは、絶対に守らなければならない条件です。納期や荷量制限などは守らなければクレームや配送不可になりますので、絶対に守らなければならないハード制約に分類されます。一方で、運賃やリードタイムはソフト制約に分類されます。運賃はなるべく安く、リードタイムもなるべく早くという具合に、できれば安く早くしたいということで、ソフト制約に分類されます。
このように物流の現場で実際に存在する様々な制約条件をハード制約とソフト制約に分類することで、現実の問題を解きやすく整理することができます。またこのタイミングで無駄な制約条件をできるだけそぎ落とすようにします。現場には古くからの慣習で、不要になった制約条件がゴミのように残っているためです。
5.必要となるデータと機能を整理し、実装する
最後に必要となるデータと機能を整理し、実装に向けた最後の準備を行います。I社のケースで、必要なデータと機能は以下のようになりました。
■必要なデータ
・オーダーデータ
・各運送会社のタリフ、距離程
・各運送会社の運行カレンダー
・納入先毎の納品ルール
・商品のサイズ、重量マスタ
・箱のサイズマスタ
■必要な機能
・運賃シミュレーション機能
・箱サイズシミュレーション機能
ここまで整理できたら、最後にコーディングによる実装を行い、POC(概念実証)とよばれる検証を繰り返しながら、実行結果を現場の方と確認します。検証の方法ですが、まずは過去の実績値とチェックします。差異があれば検証し、プログラムのチューニングを行います。続いて、計画を熟知したベテランの方に結果を見て頂きます。ベテラン担当者の方が見て気になる結果があれば、こちらも検証し、必要に応じてプログラムをチューニングします。
6.数理モデルで得られた成果と注意点
I社の場合、問題提起から実装までおよそ5ヶ月、POCから本稼働までおよそ2ヶ月でした。導入効果としては、運賃が12%削減(年間約3千万円のコストダウン)でした。その他プラスの成果としては、運賃計算の見える化、運送会社選定の意思決定プロセスの見える化と自動化といったことが上げられます。最終的に、数理モデルに基づいて、I社の物流における運賃を最適化するための具体的な施策を提案・実行し、成功させることができました。こうして、輸送コストの削減や配送効率の向上が実現され、I社のデータドリブン物流が実現されました。
今後はさらに数理モデルを用いて拠点間輸送を最小化する在庫最適配置に取り組む予定です。I社は全国に4カ所倉庫があり、拠点間輸送費用は年間で約7,000万円です。これは年間運賃の約3割に相当します。この拠点間輸送を4割(約2,800万円)削減するKPIを打ち立て、数理モデルを活用して取り組みます。
最後に、数理モデル導入における注意点です。最適解を必ず得られるとは限らないため、解ける問題かどうかをプロトタイプで十分に検証する必要があります。またあまりにも良い結果が出た場合は、制約条件が漏れている可能性があるので注意しましょう。
読者の皆さまも数理モデルを活用したデータドリブン物流にもしご興味があれば、私たちオンザリンクスにお気軽にご相談ください。
一緒に「ユーザーが主役のデータドリブン物流」を実現しましょう!