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米食品メーカーのクラフト・ハインツが、マイクロソフトとのパートナーシップを通じて、サプライチェーンに対するテクノロジー投資を加速することを発表したのは、今からちょうど1年前。この提携により、クラフト・ハインツはマイクロソフトAzureのクラウドプラットフォームを利用して、自社のサプライチェーン全体をデジタル化し、リアルタイムで可視化することに成功しました。また、マイクロソフトのAIとIoT技術を活用することで、製品のライフサイクルを追跡し、予測や改善のためのデータを収集しています。
本章では、クラフト・ハインツの凄いDXを例に挙げながら、データドリブン型のサプライチェーン構築に必要な視点について、考察します。
執筆:東 聖也(ひがし まさや)
<目次>
1.マイクロソフトとの提携によりDXを加速
昨年、クラフト・ハインツは、レジリエントなサプライチェーンを構築することを目的として、マイクロソフトと提携しました。これにより、生産、在庫管理、物流、品質管理などの業務においてデジタル技術を活用することを可能にしました。同社は、AIやIoTのテクノロジーを活用することで、サプライチェーン全体の効率性を向上させ、環境に配慮した取り組みを進めることを目指しています。
クラフト・ハインツの取締役会長兼CEOであるミゲル・パトリシオ氏は、このパートナーシップによって同社がイノベーションを推進し、より持続可能なサプライチェーンを実現することができると述べています。一方、マイクロソフトのコーポレート・バイス・プレジデントであるジャドソン アルソフ氏は、同社のテクノロジーがクラフト・ハインツのビジネスをサポートすることで、食品産業におけるサプライチェーンの未来に貢献することができると語っています。
2.パンデミックによりDXが加速
パンデミックは企業にサプライチェーンの再評価を促し、データドリブンの技術革新に焦点を当てる機会を与えました。ジャドソン・アルソフ氏は声明の中で、「過去2年間は、あらゆる業界でデジタル・ファーストのサプライチェーンソリューションが緊急に必要であることを明確に示した」と述べています。クラフト・ハインツとマイクロソフトの計画はかなり前から進められており、パンデミックは彼らの計画を加速させるきっかけとなりました。
クラフト・ハインツの北米担当副社長兼社長のカルロス・エイブラムス・リベラ氏は声明で、マイクロソフトのAIによる分析機能を利用することで「サプライチェーン全体でイノベーションと効率性を推進し、より早く製品を市場に投入できる」と述べています。
同社はパンデミックの2年間、クラウドやデータサイエンス系のエンジニア、UI/UXのスペシャリストなどを積極的に雇用し、アジャイル開発チームの構築を続けてきました。
3.デジタル・イノベーション・オフィスを設立
さらに、両社は、クラフト・ハインツのデジタル製造を支援するソリューションを共同設計するため、共同の「デジタル・イノベーション・オフィス」の創設に取り組んでいます。例えば、データ分析を利用して、新製品の開発サイクルを短縮したり、販売や納品時間の向上に役立つデータ分析を利用して消費者の需要をより適切に満たせるよう支援するなどです。クラフト・ハインツの85種類の製品カテゴリーに対して、SCMのオペレーション自動化を進めるほか、AIやIoTを活用して2,500を超える外食チェーンや小売業の顧客、および数百万の消費者に可能な限り迅速かつ、最適な供給方法を提案します。
消費者と顧客を念頭に置いた、テクノロジー主導のシステム開発に最も力を入れているのです。
先週の投資家向けプレゼンテーションで、クラフト・ハインツはAIをサプライチェーンの可視化に活用することで、3,000万ドルの売上を上げることに成功したと発表しました。同社はAIを活用して、サービスリスクの識別や作業者に対するアラートの自動化を実現しています。この技術により、クラフト・ハインツは42%のコスト削減にも成功しています。AIの活用によって、サービスレベルも着実に改善しており、23年3月のケースフィルレートは95%を超えるまで上昇しました。
<豆知識>
“ケースフィルレート”とは、日本ではあまり使われませんが、商品出荷の際に指定された数量のうち、実際に出荷された数量の割合のことです。出荷依頼数に対する実際の出荷率を表しています。例えば、100個の商品を注文された場合に、実際に90個出荷した場合、そのケースフィルレートは90%となります。
日本では“完全オーダー達成率”と言われることが多いですね。
4.在庫課題に対して新たに貿易管理システムを開発
アナリスト会議でCEOのミゲル・パトリシオ氏は、「計画を改善し、サービスレベルを向上させ、ロスを減らし、時間を短縮している」と誇らしげに語っていました。パトリシオ氏は、マイクロソフトとそのAzureクラウドサービスとのパートナーシップにも言及し、サプライチェーンをデジタル化するための取り組みを紹介しました。これには、製品カテゴリ全体にわたる供給の自動化や、工場の運用をリアルタイムに可視化するために構築されたサプライチェーンの「コントロールタワー」などが含まれていました。また、クラフト・ハインツは、2023年後半に生産をさらに拡大するために、冷凍ポテト製品を製造する工場において、第1四半期に設備投資を行っています。
クラフト・ハインツは、第一四半期において、原材料供給のサプライチェーンにおける問題によって、売上機会を逃しています。原材料不足により、ローストビーフ等の在庫が不足したのです。現在では、その問題は解決され、関連カテゴリーの在庫を再構築中です。全体としては、在庫は第一四半期終了時に40億ドルに達し、去年同期比で約10%増加しました。アナリストからの質問に対して、同社CFOのアンドレ・マシエル氏は、「年内に在庫を大幅に減らすための確実なプランを用意している」と述べました。市場でのさらなる値引きも考慮して、貿易管理システムを独自開発し、管理者に「10,000を超えるプロモーション・イベント」へのリアルタイム・アクセスを提供します。このシステムは、価格プロモーションに関して、非常にシンプルな方法で洞察と推奨事項を提供するデジタルツールとなっています。
5.今こそ必要な「データドリブン物流」とは
サプライチェーンマネジメントの国際標準を策定する米ASCMの協賛による、エコノミスト誌調査部門の報告書によると、ベンチマーク企業の約半数がサプライチェーンに関する情報を得るのに自社のデータしか利用でいていないと回答をしています。また、ガートナー社の報告書では、回答した企業のうち21%しか調達・製造・流通に関して必要な情報を可視化できていないと報告されています。サプライチェーンの可視化は喫緊の課題でありながら、まだ多くの企業がデータを活用してそれをサプライヤー企業間で共有できていません。またAIを活用したデータドリブン物流についても、限定的です。
クラフト・ハインツが活用しているAzureのようなクラウドプラットフォームや、AIの技術も凄まじい勢いで進歩しています。あらゆる場所におけるデータを一元管理し、分析し、活用するための環境は既に整っています。あとは、そうした技術、環境を企業がどう使うかです。世界的に将来予測が難しくなっている状況において、クラフト・ハインツが取り組んでいるようなサプライチェーンの可視化は、日本のメーカーや製造業にとって参考にすべき事例といえるでしょう。
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