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*** 厳しい経営環境がドライバーの負担増に ***
運送業界は、これまで幾多の困難な状況に直面してきました。
規制緩和により、競争が激化する一方で、燃料価格の高騰や、高速料金の負担増、こうした様々な外的要因に翻弄されながらも、必死で経済の大動脈を支えてきたのが運送業界なのです。
にもかかわらず、不況になれば真っ先にコスト削減の対象になり、毎日のように荷主企業から厳しい要求を突きつけられます。
今、運送業界では、人材不足という長期的な根深い経営課題に直面しています。
荷物の奪い合いだった時代から、荷物を運ぶ人を奪い合う時代に大きく変化しました。
運送業界にとって、ドライバーは最重要な経営資源ですが、こうした厳しい環境がドライバーの負担となり、多くの人材が辞めて
いっています。
しかし、多くの運送業者がドライバーの定着率に頭を悩ませる一方で、ドライバーの定着率を高水準で維持している企業があるのもまた事実です。
では、ドライバーがすぐに辞めていってしまう事業者と、何十年も働いてくれる事業者の違いとはいったい何なのでしょうか?
*** 意外と知られていない安全意識とドライバーの定着率 ***
ドライバーの定着率が高い事業者の特徴として安全意識の高さが上げられます。
安全意識の高い経営者が運営する事業者では、安全や品質に関する人材育成のマネジメントがしっかりと構築されています。
慢性的な人材不足という課題に直面している運送業界では、不慣れな未経験者を迅速に育てる必要性も増えている為、こうした
育成の仕組みを持っている企業は有利になります。
7月の中国地方を襲った豪雨災害の際、荷主企業は「なんとか荷物を運んで欲しい」と各運送会社に要求をしました。
その要求に応えてしまった運送会社のドライバーは3日間トラックの中で寝泊まりをしたといいます。
そのドライバーは長年勤めた会社を辞めてバスの運転手に転職してしまいました。
こうした無理な輸送は最終的には交通事故につながります。
圧倒的優位に立つ荷主企業にNOと言えない運送業者は無理をして荷物を運ぼうとします。
結果としてドライバーにその負担が重くのしかかり、疲労やストレスで交通事故を起こす確率が高くなるのです。
最近では国が進める働き方改革などの影響もあって、改善傾向にあると見られていますが、ごく一部の企業だけです。
人材不足や最近多発している災害の影響により労働環境はむしろ悪化しているケースが増えているのです。
下記は全日本トラック協会が作成した死傷事故数の推移です。
■事業用貨物自動車の保有車両数と死傷事故件数の推移
出典:全日本トラック協会 『事業用貨物自動車の交通事故の傾向と事故事例 平成28年度版』
飲酒運転については、平成24年までは減少傾向でしたが、その年を境に若干上昇傾向にあります。
■飲酒運転による事業用自動車(トラック)の交通事故推移
出典:(公財)交通事故総合分析センター『事業用自動車の交通事故統計』
*** 事業者用自動車総合安全プランの策定 ***
交通事故発生件数は減少傾向にあるものの、飲酒運転事故件数が増加しているなど、交通事故情勢は依然として厳しい状況にあると言えるでしょう。
こうした中、国土交通省は『事業者用自動車総合安全プラン2020』を策定しました。
本プランはトラック・バス・タクシーなどの事業用自動車による輸送サービスの安全目標を定め、その実現を目指す為のものです。
※『事業用自動車総合安全プラン2020』は下記よりダウンロードできます。
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/news/data/anzenplan2020/2020.pdf
本プランで策定されたトラック業態においての数値目標は下記の3点です。
① 平成32年までに死者数200人以下
② 平成32年までに人身事故件数12,500件以下
③ 飲酒運転ゼロ
さらに、こうした目標を2020年までに達成する為に、講ずべき施策が下記の6つに整理されていました。
1.行政・事業者の安全対策の一層の推進と利用者を含めた関係者の連携強化による安全トライアングルの構築
2.飲酒運転等悪質な法令違反の根絶
3.自動運転、ICT技術等新技術の開発・利用・普及の促進
4.超高齢社会を踏まえた高齢者事故の防止対策
5.事故関連情報の分析等に基づく特徴的な事故等への対応
6.道路交通環境の改善
*** 安全第一が言行不一致になっていないか ***
運送業に対する安全規制は年々厳しくなってきています。
それに比例して監査件数も増え、営業停止処分を受ける運送業者もこの数年で急増しています。
法律の厳罰化が進む昨今では、経営者が予想する以上の処分が下されてもおかしくありません。
ここで、運送事業者の経営者の皆様に質問です。
「本当に安全第一を実行していると言えますか?」
「荷主企業から荷物を1時間早く届けて欲しいと言われたらキッパリと断れますか?」
安全第一ということは、全てにおいて安全を最優先するということになります。
例えそれが大口取引のある荷主企業の要求であったとしても、少しでも事故の危険性が高まるのであれば経営者自らがキッパリと断る姿勢を見せる必要があります。
経営者自らが安全最優先を社内に宣言し、経営者が先頭になって実施するのです。
経営者がいくら口でそういっても、現場がそうした雰囲気ではないといったケースはよくあります。
先日、7月に起きた広島の豪雨災害のボランティアに会社のメンバー数名で参加したときのことです。
ボランティアのチームリーダーから筆者達に向けてこう号令が下されました。
「今日は非常に暑く湿気も多いので周りに遠慮することなく無理せず休憩をして下さい。自分の体は自分で守って下さい。安全を最優先でお願いします!」
筆者達の仕事はデスクワークの毎日です。
正直、この暑さと湿気の中、肉体労働についていけるか不安だったのですが、リーダーのこの一言にとても安心しました。
しかし、現場について状況は一変したのです・・・。
現場に到着して作業が始まるや否や、流れ作業で土砂の掻きだしが行われます。
ここで自分が休んで抜けると周りの人の負担が増えるので、簡単に休める状況ではありません。
とても自由に休める雰囲気ではないのです。私の隣で作業をしていた女性は顔を真赤にして必死に作業についてきていました。
さらには、筆者達が休憩をとっていると、チームリーダーがジロリとこちらを見つめます。
口では何も言いませんが、明らかに「何を休んでいるんだ」と言わんばかりです。
まさに「目は口ほどに物を言う」です。
そして、そのリーダーは自分のチームの休憩時間にも他チームの作業を率先して手伝っていました。
冒頭の号令は一体何だったのでしょうか・・・。このような雰囲気で自由に休憩がとれるでしょうか・・・。
こうした言行不一致は、皆さんの現場でも起きている可能性が高いです。
安全第一といいながらも、現場では荷物が優先されていませんか?安全よりも荷主の要求が最優先されていませんか?
*** まずは経営者の意識改革から ***
一番大事なのは経営者の意識改革と率先行動です。
よく外部講師の研修などに頼るケースを見かけますが、安全マネジメントについては、経営者が先頭に立って進めていかなければなりません。
片方で安全第一と言いながら、現場では売上至上主義になっていたり、荷主の要求を最優先することが顧客ファーストだと言われて、現場も迷ってしまうのです。
そこは経営者がしっかりと、現場に伝えていかなければなりません。また年に数回言うだけでは駄目です。
「安全第一については、年始の挨拶で伝えたから。経営計画書にも書いてあるし。」
よーく考えて見て下さい。
皆さんは3日前に食べた夕飯をすぐに思い出せますか?
全く思い出せないか、思い出せたとしてもしばらく考えないと思い出せませんよね?
経営のトップである皆さんが3日前の事を思い出せないのに、その下で働く社員の皆さんが数ヶ月前の社長の一言など、常に思い出して仕事出来るはずがありません。
だから何度でも何度でも、毎日毎日、顔を見るたびに「安全を最優先しているか?」「それは安全か?」と常に声掛けをするのです。
そして、顧客の厳しい要求に対しても、それが安全に影響すると判断した場合は、強くNOと言うことです。
それを周りの社員が見て、初めて自分の仕事の中で、無意識に安全を意識して働けるようになるのです。
潜在意識にまで浸透して無意識の領域で社員が判断できるようになるまで、何度も何度も同じことを繰り返し伝えるのです。
安全管理のマネジメントは、何よりもまず、この言行不一致の体制を壊すことです。
その為に、経営者や管理職のリーダーが確認すべき点を下記のチェックシートにまとめましたので、日々チェックしましょう。
社員の為のチェックシートではなく、リーダーの為のチェックシートです。経営者の皆さん自らチェックをお願いします。
安全が最優先されている事業者で働くドライバーの皆さんは、自分達が会社の利益よりも大切にされていると無意識に感じるのです。
こうした意識がドライバーのみなさんの安心感につながり、辞めなくなります。
こうした安全管理は長期的な視点を持って取り組む必要があります。
ここで方針を転換しなければ、将来大きな損失を被ることになります。
これからの運送会社には自主的に問題を整理し、改善策を打ち立て、実行していく力が求められます。
運送業者が自社の物流を変える為の第一歩は安全な輸送を実現する為の仕組みづくりであることは間違いありません。
会社を正しい方向に導くことが出来るのは経営者だけです。
人材不足で忙しい今こそ、経営者が本気で安全に取り組めば、社員に強烈なメッセージとして伝わることでしょう。今こそチャンスです。
運送会社の経営者の皆様には、様々な外的要因に立ち向かい、安全管理を徹底することで、社会に認められる運送会社を作ってほしいと心から願います。
参考文献:
『事業用自動車総合安全プラン2020』国土交通省
『事業用貨物自動車の交通事故の傾向と事故事例 平成28年度版』全日本トラック協会
『平成28年度版 経営分析報告書(概要版)』全日本トラック協会
和田康宏著 『新トラック運送経営のヒント』 (株)パレード
小山 雅敬著 『運送業経営相談室』 日本法令
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