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*** 宅配のビジネスモデルの崩壊? ***
「大手宅配事業者に出来ないと言われたら我社は一巻の終わりだ」
これは筆者がお付き合いをさせて頂いている、ある製造メーカーの社長の言葉です。
昨今、アマゾンや楽天などによるインターネット通販(以下、EC)が急拡大していることで宅配個数が増大し、その一方でドライバーなどの人手不足も深刻化している宅配の実情については、本稿でも何度も取り上げましたし、マスコミなどの報道により皆さんも良く知るところだと思います。
こうした大手宅配事業者による問題は「宅配クライシス」と呼ばれ、いまや社会問題化していますが、EC等のBtoC事業に対してクローズアップされることが多かったように感じています。
しかし、実際には宅配便を利用しているBtoB事業者は意外と多く、「宅配クライシス」はBtoB事業者のビジネスにも大きな影響を与え始めています。
冒頭の製造メーカー社長もまさにその影響を受けている1社であり、自社の事業の大きなリスク要因として昨今の宅配崩壊を懸念しているのです。
利益が出ないことが定説だった宅配の市場を、ゼロから創り上げたヤマト運輸の経営姿勢は「小倉昌男 経営学」に書かれているように、一貫した顧客の利便性の追求でした。
しかし、最近の総量規制や時間帯別配達のサービス見直しなどは、顧客の利便性とは逆の方向へと向かっているように思います。
確かに顧客の利便性を追求する余り、過剰サービスとなり現場が疲弊してしまったという見方もあるでしょう。
しかし、それはあまりに単一的な見方であり、原因の本質ではないように思います。
過去40年にわたって世界最高水準のサービスと品質を創り上げてきた日本の宅配サービスが、今なぜ崩壊を始めたのでしょうか。
その辺りについて少し探ってみたいと思います。
*** 世帯構造の変化が宅配のビジネスモデルを崩壊させた ***
宅配崩壊について議論がなされる際、まずフォーカスされるのが「EC市場の成長による取扱い個数の急増」です。
しかし、よくよく考えて見ると取扱い個数が増えただけで、本当に今のように運べなくなる状況になるのでしょうか。
例えば、これまでAさんのお宅に1つ届けていた荷物が仮に3倍に増えて3つになったからといっても、そんなに困る話ではありません。
むしろ、1回の配送で取扱量が3倍になりますので利益も3倍になり、宅配業者としては有り難い話です。
宅配の祖、小倉昌男氏も自著にてこう書かれています。
「宅急便が成功するかどうかの鍵は、荷物の密度ではないかと推測した。密度が濃くなれば利益が出る。とにかく荷物を増やすことが絶対条件である」
そう考えると取扱量の急増が宅配崩壊の根本原因ではないことが見えてきます。
では、その根本原因とは何なのでしょうか?大きな要因の一つとして、世帯構造の変化が上げられます。
ヤマト運輸が宅急便のサービスを開始した1976年当時は国内の世帯数は3,100万世帯でしたが、2015年には5,340万世帯にまで増えました。
総人口は少しずつ減ってはいるものの、大きな差はありませんから世帯数が増えた分、1世帯あたりの人数も3.45人から2.38人に減少しています。
(総務省統計局作成 世帯数及び1世帯当たり人員の推移(昭和45年~平成27年))
この世帯構造の変化により、運ぶ場所が細かく分散され、不在率も高まりました。
宅配が始まったころは日中に誰かしら荷物を受け取る人が家にいましたが、現在は単身世帯が増えることにより荷物を受け取る人がいなくなってしまいました。
再配達問題に関しては、「単身女性が素っぴんをドライバーに見られたくない」、「ドライバーが来るのを知っていながら、急用があったので外出した」等、受け取り側のモラルの問題がよく取り沙汰されますが、本質はモラルの問題ではなく、40年間変わらない宅配のビジネスモデルがこうした社会構造の変化に対応し切れなくなったことにあるのです。
*** 宅配の祖 小倉昌男氏も予想出来なかった購買行動の変化 ***
宅配崩壊のもう一つの大きな要因が消費者の購買行動の変化です。
宅配便が始まった当時はECやスマフォは当然なかったので、1件のお宅に荷物を届ける回数は非常に限られていました。
しかし、現在では消費者はスマフォやタブレットを利用して好きな時に好きな商品を自由に購入します。
当然、この時に商品を運んでくれる宅配業者のことは一切気にしていません。
あるお宅に同じ日にヤマトが本一冊を配達して、佐川がボタン電池1個を配達するといったことが日常的に発生しているのです。
ECという顧客が自由に24時間365日ショッピング可能なプラットフォームに加えて、スマフォやタブレットの普及で電車での移動や待ち時間を利用して細切れにショッピングを行うようになったことで、少量多品種多頻度の配送が常態化してしまったのです。
現代のような購買行動と宅配便の利用は、さすがの小倉昌男氏も予測されていなかったのではないでしょうか。
*** まとめ ***
ネットショップなどで『送料無料』というのを良く見かけますが、筆者はこれに違和感を覚えます。
本来であれば、『送料は弊社にて負担します』というのが正しい表現ではないでしょうか。
宅配については現状大手3社に頼るしかないというのが日本の現状です。
大手3社に対抗する宅配事業者を国が育てる必要があるのか、それとも既存の中堅企業が大手3社に並ぶのを待つのかいずれにしても解決には時間のかかる課題です。
1976年に『クロネコヤマトの宅急便』がスタートしました。
初日の宅配個数は11個でしたが、2016年の宅配個数は38億個にまで増えています。
宅配便の利用は、家族や知人間での利用から現在はECによる利用に変わりました。今では送り主の9割が法人客です。
送料は無料というのが当たり前になってきた消費者の心理、大手3社に頼るしかない業界事情、ECの急成長により180度変わってしまった利用形態。
こうした様々な要因が複雑に絡み合って「宅配崩壊」が進む時代において、企業はどのように対応をしていけば良いのでしょうか。
宅配業界の様々実状を探りながら数回に分けて考察を進めていきたいと思います。
本稿が宅配便をビジネスで利用される企業様の今後の戦略構築のお役に立てば幸いです。