「日本はなぜ自動車産業で成功したのか?」この問いは、現在の我々にとって、驚くほど新鮮で重要な意味を持ち続けています。その答えの中に、日本のものづくりの真髄と、そして未来への指針が隠されているのかもしれません。成功の最たる要因は、JIT(ジャストインタイム)などによる自動化でしょうか?私はそれだけとは思えません。それ以上に重要なのは、自動車製造を極めて人間的に行う方法を開発したことではないでしょうか。日本の経営者は、従来から社員に多くの関心を払ってきました。いつの時代においても、経営の根幹にあるのは、労働者と管理者の人間関係です。この点に注目することで、日本企業は独自の強みを築いてきたのではないかと思うのです。
データドリブンによる分析的な経営手法が主流になる時代だからこそ、経営者の皆さんは合理主義に偏り過ぎず、人間味のある抽象的な要素を大切にして欲しいと思います。
日本の製造業は、技術力と人間性の調和により世界的な成功を収めたのだと私は信じています。デジタル化の波が押し寄せる今、私たちは新たな挑戦に直面しています。
本稿では、日本のものづくりの真髄を振り返りつつ、製造業と物流のデジタル化における潜在的な落とし穴と、それを回避するための戦略について考察します。
2024年9月22日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.データドリブン経営の潜在的な落とし穴
製造業のものづくりと物流において、データドリブン経営は効率化と最適化の強力なツールとして注目されています。しかし、その推進には慎重な姿勢が必要です。まず、数値的、分析的なアプローチは、本質的に保守的な傾向がある点をよく理解しておかなければなりません。たとえば、既存の生産ラインの微調整に終始し、革新的な製造方法の探索が疎かになったり、データに基づく「最適化」が、実は局所解に陥っている可能性は陥りやすいケースです。こうしたケースに陥らないためには、定量的データと定性的な市場トレンド分析を組み合わせることが大切です。また独立したDX部門を設置し、データに縛られない自由な発想を奨励するデジタル文化の醸成も必要になるでしょう。
また定量化しやすいコスト削減が優先される一方で、不確実性を伴う売上高増大に対するアプローチが弱くなりがちです。その結果、品質や商品価値で顧客を引きつけるという戦略に出ず、原価低減に固執してしまうことがあります。新製品や新サービスの創出よりも、既存製品の改良が優先される傾向があります。サプライチェーンの過度な合理化により、柔軟性が失われ、売上増大のボトルネックが生じることもあります。また、新市場開拓や新製品開発への投資が抑制されることもあります。このような状況を打破するためには、コスト削減と売上増大のバランスを取ることが重要です。品質や商品価値を高めることで、顧客を引きつける戦略を取り入れることが求められます。コスト削減と売上増大の両方にバランスよくKPIを設定したり、中長期的な成長指標を経営評価に組み込むことも検討しましょう。
2.人間味のある抽象的な要素こそが真髄
ビジネスの世界で、時として大胆不敵とも思える決断が、後に歴史を動かす瞬間となることがあります。そんな決断の裏側には、常にデータと直感の綱引きがあります。米国の建設機械巨人、Caterpillar(キャタピラー)社が打ち出した方針は、まさにそんな決断の典型でした。「世界中どこでも48時間以内に部品サービスを提供し、できなければ当社が損失を負担する」この一見無謀とも思える約束は、当時業界に衝撃を与えました。同様に、Amazonが打ち出したAmazon Prime(アマゾン・プライム)も、その大胆さで目を見張るものがありました。すべての会員に対し、無料で迅速な配送を約束するこのサービスは、eコマースの常識を覆すものでした。
これらの革新的な取り組みには、共通点があります。それは、立ち上げ時に幾度となくリスクが高すぎると警告を受けたという事実です。綿密なデータ分析の結果は、ある意味でその警告の正しさを証明するものでした。しかし、両社の経営陣は、データの示す「現実」を超える未来を見据えていたのです。特に興味深いのは、世界で最もデータドリブンな経営をで知られるAmazonの例です。創業者ジェフ・ベゾスは、プライムサービス開始の決断について、株主にこう語っています。
「初年度は数百万ドルもの送料収入を諦めました。そこまでやる意味があるかどうかは、簡単に計算できるものではありませんでした。ただ、これが買い物史上最高にお得なサービスだということを、お客様がすぐに理解してくれるだろうという勘が働いたのです。」
驚くべきことに、データの巨人とも呼べるAmazonでさえ、その最も重要な意思決定は、ベゾス氏の「勘」だったのです。この事実は、ビジネスにおけるデータの重要性を否定するものではありません。むしろ、真の革新は、「精緻なデータ分析」と「鋭い直感」が融合したときに生まれることを示唆しているのです。経営者の真価は、この両者のバランスを取る能力にあるのかもしれません。データは過去と現在を映し出す鏡です。しかし、未来を創造するのは、想像力と勇気といった人間味のある抽象的な要素です。これはいつの時代でも変わらない普遍的な原則なのです。
3.製造業DXの戦略マップ
今後、データドリブンによる分析的な経営手法が主流になることは間違いありません。しかし、成功する企業は、データ分析と人間的な要素のバランスを取ることができる企業です。
一見矛盾するようですが、デジタル化時代における重要な要素は、分析的アプローチと人間味のある経営の融合です。この点を、製造業の経営者の皆様に強調してお伝えしたいと
思います。データドリブン経営の真の目的は、売上高と利益の拡大です。そのためのアプローチは以下の3つのステップを踏みます。
STEP1:アナログをデジタル化し、効率的にデータを収集する
STEP2:収集したデータを分析し、最適解を求めてコスト削減を図る
STEP3:これらの仕組みをベースに、新たな付加価値を創造し、売上を拡大させる
このステップは経産省が作成した「DXレポート」のDXフレームワークとも完全に合致します。またそれを進める過程において、以下の4つを理解して実践することが成功の秘訣です。
1. 人間中心のアプローチで、データドリブン経営を推進する。
2. 数値化しやすい指標だけでなく、抽象的な価値にも注目する。
3. 新しい価値創造とイノベーションに挑戦し続ける。
4. データ分析を、売上と利益の拡大につなげる。
■製造業DXの戦略マップ ~潜在的な罠、重要なアプローチ、そして成功への3ステップ~
この図は製造業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の包括的な戦略マップを示しています。左側では、DX推進時に陥りやすい3つの「潜在的な罠」を警告し、中央では成功のための4つの「重要なアプローチ」を提示しています。そして右側では、製造業DXの「3ステップ」をサイクル図で表現しています。このマップは、DXを進める製造業の経営者や戦略立案者に、全体像を把握させるとともに、陥りやすい罠を回避し、効果的なアプローチを採用しながら、段階的に推進する道筋を示しています。データ収集から価値創造、そして売上拡大までの循環的なプロセスを強調することで、継続的な改善と成長の重要性を表現するよう作成しましたので、是非皆さんのDX推進にお役立てください。