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世界的な飲料メーカーであるコカ・コーラ社は、マイクロソフト社と5年間の戦略的パートナーシップ契約を締結し、サプライチェーン全体にAIサービスを導入することを発表しました。この契約額は11億ドルと推定されており、コカ・コーラにとってマイクロソフトとの協業を深化させる重要な取り組みとなります。今回の提携では、コカ・コーラはマイクロソフトが提供するAzure OpenAI ServiceをはじめとするAIサービスを活用し、需要予測の精度向上、物流ルートの最適化、サプライヤーとの連携強化、潜在的な問題の早期発見、新商品開発の迅速化など、サプライチェーン全体における業務の合理化と効率向上を目指します。
近年、製造業では、サプライチェーン改革において、膨大なデータを分析し、これまで人間では把握できなかったパターンや傾向を見つけることができるAIに注目しています。しかし、属人的な業務を局所的にAIに変えるだけでは、思うような成果はあがりません。サプライチェーン全体の”つながり”を意識してAIを戦略的に導入することが重要になります。本稿では”つながり”を意識した戦略的なAI活用におけるサプライチェーン改革のポイントを解説します。
2024年5月5日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
<目次>
1.AI導入で受注量の増加と納期短縮への要求に対応する
製造業において、サプライチェーンマネジメント(SCM)の効率化と最適化は常に経営の最重要課題の一つです。AI技術の進歩に伴い、製造部門と物流部門それぞれが、部門単位でAIを導入するケースが増えています。しかし、部門間の連携が不十分な場合、AI導入による効果が十分に得られないだけでなく、新たな問題が発生する可能性があります。組織同士の対立や不調和を残したまま、それぞれの部門が個々の効率を求めて、バラバラな目的や目標でAIを導入すると、どのような結末になるでしょうか?
皆さんも想像してみてください。
製造部門と物流部門がそれぞれAIを導入した場合に発生する問題と、その解決策について、架空の企業を舞台にストーリー形式で考察してみましょう。
株式会社フォーデンは、近年、受注量の増加と納期短縮への要求に対応するため、生産体制の効率化が課題となっていました。製造部門は、AIを活用した需要予測と生産計画の自動化を検討していました。一方、物流部門は、倉庫内の在庫管理と配送計画の最適化をAIで実現したいと考えていました。
製造部門と物流部門は、それぞれ別々にAIソリューション会社のアルバレス株式会社に依頼し、AI導入を進めることにしました。しかし、部門間の連携が不十分だったため、以下のような問題が発生しました。
問題1. 計画と実行の不一致
製造部門がAIを使って需要予測を行い、最適な生産計画を立てることが可能になりました。しかし、物流部門がその計画に合わせた輸送計画を立ることができず、製品を顧客に届けることができないケースが頻発したのです。AIが需要増加を予測し、製造部門が生産量を増やしても、物流部門が輸送能力を確保できておらず、製品が倉庫に滞留し、在庫過剰や納期遅延が発生してしまいました。
問題2. 在庫管理の非効率
これまでは、現場とのタイムラグはあったものの基幹システム(AS400)の在庫数値を製造部門も物流部門も頼りにしていました。しかし、製造部門と物流部門がそれぞれ異なる考えでAIシステムを使った在庫管理支援のツールを導入してしまい、お互いの在庫状況の把握が難しくなりました。そのため、過剰在庫や在庫切れが頻発するようになったのです。製造部門がAIを使って原材料の在庫管理を行い、必要量を発注しても、物流部門の輸送中の在庫を把握できておらず、原材料が過剰に在庫されてしまうといったことも発生しました。
このように、せっかくAIを導入しても、製造部門と物流部門の”つながり”を意識していないと、システムの結び目で不具合が生じ、製品の納期遅延や在庫切れが発生することになり、組織全体のパフォーマンスは低下してしまいます。”つながり”を意識してAIを導入することができれば、計画と実行の一貫性が生まれ、在庫管理の効率化、コスト削減が期待できたはずです。
2.AI導入推進協議会を設置し”つながり”を強化
これらの問題を受け、フォーデン社は”つながり”を意識した部門間の連携強化と情報共有の重要性を認識しました。具体的には、以下の対策を実施しました。
対策1.共通の目標を設定する
製造部門と物流部門が共通の目標を設定し、その目標達成に向けて協力する体制をとりました。「AI導入推進協議会」を設置し、社長、製造部長、物流部長、アルバレス社の担当者が隔週で集まって、製造部門と物流部門それぞれのAI導入状況、部門間の連携状況、発生している課題などを共有し、共通の目標を設定しました。
対策2.情報共有の仕組みを構築
続いて、部門間の情報共有の仕組み構築に取り掛かりました。目標達成に向けた指標を設定し、共同プロジェクトの実施計画を策定し、問題発生時の対応体制を整備しました。更に、情報共有を徹底するため、製造部門と物流部門が情報を共有し、互いの状況を把握できる仕組みをグループウェア上に構築しました。
対策3.AIシステムを統合
部門を超えた共通の目標が出来たことで、AIシステムの要件を再定義することにしました。AIシステムを共通の目標を達成するための統合のシステムと位置付け、機能、性能、データ連携方法などを定義しました。製造部門と物流部門が使用するAIシステムを統合することで、データの二重入力や情報の不整合を防げるという副次的な効果も生まれました。
3.得られた教訓
こうした対策により、製造部門と物流部門がAI技術を共有し、サプライチェーン全体の状況をリアルタイムで把握しつつ、全体のパフォーマンスを向上させることに成功しました。製造部門と物流部門の間で共有する情報の種類、頻度、方法などを明確にしたルールも策定し、製造部門と物流部門の担当者間の連携も強化しました。以下は各部門長の後日談です。
製造部門長:
「立場上、つい部門の最適化を近視眼的に急いでしまいました。AIを導入する前に、部門間の連携を強化しておくべきだったと反省しています。SCM全体を見渡せる可視化システム導入と、情報共有ルールの策定は、問題解決に大きく貢献したと思います。」
物流部門長:
「これまで、どうしても製造部門とは意見が対立することが多かったです。この度のAI導入も物流としては窮地に追いやられて現状打破を急いだ感が否めません。製造部門の立場や状況をもっと理解して、お互いが協力してプロジェクトに取り組むことが大事だと気付きました。お互いの立場や状況を理解することが”つながり”を作る接着剤のようなものでしょうか。お互いの業務内容を理解することで、より良い関係を築くことができました。今後も部門間の連携を強化し、サプライチェーン全体の効率化を物流DXで実現していきたいです。」
4.コカ・コーラに学ぶ”つながり”を意識したAI戦略
コカ・コーラは、AI導入によって、新商品の迅速な開発と市場投入から、物流コストの削減、サプライチェーン全体の強化、顧客満足度の向上を目指しています。このことから、商品開発から生産、物流、カスタマー対応まで一貫した”つながり”を意識した戦略であることが伺えます。
“つながり”を意識することで、各部門の働きが調和し、効果を最大化させることができます。経営トップは「組織にこういう状況を作りながら、どのようにデジタル化を進めていくべきか?」を常に自問してください。
個々の効率よりも、全体の”つながり”を考えて仕事をした方が成果も大きく、仕事も楽しくなります。AIは、サプライチェーン改革を推進する強力なツールです。しかし、ツールも使い方を誤るとケガをします。サプライチェーン全体の”つながり”を意識し、AIを戦略的に導入することで、製造業は競争力を飛躍的に強化することができます。AIを活用したサプライチェーン改革は、まだ始まったばかりです。今後、AI技術の進歩と企業の積極的な取り組みによって、製造業のサプライチェーンマネジメントは大きく変化していくことが期待されます。