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「物流現場の作業者が倉庫管理システム(WMS)の設計に関わることが可能か疑問に思う方もいるでしょう。しかし、事実は、ユーザーが主役となり、システム設計を自身で行うことは十分に実現可能です。業務プロセスを整理し、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)を通じて業務のフローを新たに検討すれば、後はPowerPointやExcelなどのツールを活用して操作画面のコンセプトを示し、その操作画面がどのように機能するかを明確に捉えることができます。
この設計を情報システム部門や開発ベンダーに提供すれば、それをもとに動作するシステムを開発してもらうことができます。プログラムやITの専門知識が不可欠であるという誤解です。
2023年10月21日 執筆:東 聖也(ひがし まさや)
1.開発ベンダーに全てを委ねる場合の問題点
「情報システム部門が存在しない企業がシステム導入を検討する場合、一般的にはシステムの企画から実装、運用、効果検証まで、開発ベンダーに全てを委ねることが一般的です。しかしながら、このアプローチでは競争力を維持し、高効果なシステムを構築することができないというのが私たちの考えです。以下に、このような状況の問題点をいくつか示します。
1.ユーザーの要望を十分に理解できない
開発ベンダーがユーザーの要望を正確に理解することは難しく、期待通りのシステムを構築する難しさがあります。ユーザーとの密接な協力が不足しがちです。
2.陰に潜む課題を見逃す
ユーザーが日々の業務において直面する微細な課題や隠れた問題を把握しにくいため、システムが業務全体を最適化することができない可能性があります。
3.ユーザーの理解度に合わせた説明が難しい
ユーザーに対して、システムの運用や仕組みを説明する際、ユーザーの理解度に合わせたアプローチが不足しがちです。これにより、トレーニングやサポートが不十分となることがあります。
4.ユーザーの主導権が制約される
ユーザーがシステム開発プロセスの主導権を持つことが難しく、システムがユーザーの実際のニーズを反映しきれない場合があります。
2.パッケージシステムの導入による標準化の誤解
特に物流システムに関しては、その特性からくる難しさがあります。物流システムは現場の人や物の動きと密接に連動し、システムの利用は実際の作業に直結します。このため、現場の業務知識に深い理解がなければ、使いやすく効果的なシステムを導入することは難しいと言えます。通常、一般的なコンサルティング会社や開発ベンダーは、経営層や管理者層からの要望に焦点を当て、彼らの意見を中心にプロジェクトを進めることが一般的です。その一方で、実際の現場作業に従事しているスタッフからのフィードバックは、しばしば軽視されることがあります。このアプローチでは、現場の声をシステムの要件や設計に反映することが難しいでしょう。
また、多くの場合、時間とコストの観点から、カスタマイズを最小限にとどめることが重視されています。「パッケージの標準機能に現場の運用を合わせれば、業務の標準化が図れる」という発想は、大きな間違いです。これはカスタマイズを嫌う外資系のパッケージベンダーが日本に押し寄せてきたときの、彼らに都合の良いセールストークです。それを真に受けて、どれだけの企業がシステムの導入に失敗したでしょうか?パッケージの標準機能が自社の業務の標準化とイコールなはずがありません。冷静になって考えてみれば、すぐに分かる簡単なことです。
現場の業務の標準化とパッケージの標準機能が必ずしも一致しないことを認識すべきです。事実、業務フローをパッケージの標準機能に合わせて変更することで、効果的な標準化が達成されるとは限りません。むしろ、業務フローをユーザー主導で検討し、現行フローとの比較を行うことが先決です。その後、必要な機能を明らかにし、標準機能を活用するというアプローチが有効です。パッケージシステムは、共通に利用される基本機能を提供し、それをカスタマイズするツールとして活用すべきであり、それ以上のものではなく、またそれ以下のものでもありません。自社の業務が単純に標準化されるという考えは現実的ではなく、そのような妄想は今すぐに捨てて下さい。
3.ユーザー中心の設計と検証が大きなメリットになる
物流現場の管理者や作業者はプログラムの知識やITの知識がありません。しかし、彼らにはシステムの要件整理、業務フロー整理、UI(操作画面)のイメージ作成などの作業が可能です。データベースの設計や内部のロジックは、プログラミングを熟知した情報システムや開発ベンダーに依頼すればいいでしょう。
彼らが現場の方が作成した仕様書を確認し、プログラムで実装が困難な箇所があれば、都合の良いように修正してくれます。商品マスタ、入出荷指示データなど、基幹システムと連携して利用するマスタや指示データなどについては、あらかじめしっかり整理しておく必要がありますが、この辺りもやりたいことを伝えれば、彼らが上手く対応してくれます。
ユーザーが自ら作成した設計には一つのある特徴があります。それは、視覚的な要素に重点を置くことです。一般的にエンジニアが開発するシステムは、文字が小さかったり、情報が過多で複雑だったりします。情報はバラバラに表示され、利用者が何をどのように見るべきかが分かりにくいことがあります。しかし、ユーザー自身が設計した操作画面や帳票は、必要な情報が効果的に整理され、グラフなどが使いやすく表示され、現場の利用者にとってわかりやすいものとなります。この点で、ユーザーが自ら作成したものは、エンジニアによるものよりも使い勝手が向上し、非常に優れていると言えます。
完成したプログラムの検証は、設計を担当したユーザーが主導し行います。自分たちが考えた通りのイメージでシステムが動作するかを、自分たちの手で詳細に確認します。
加えて、デザインレビューには全員が参加し、会社全体の業務システムと倉庫管理システム(WMS)がスムーズに連携し、物流全体が効率的に動作するようにするシステムを構築します。ユーザーが主体となり、システムの設計と導入に深く関与するアプローチは、現場が効果を実感し、システムの価値を理解する上で非常に重要です。企業にとって、これは大きなメリットとなります。
4.デジタル文化の醸成が最大の目的
このようなシステムの価値を理解し、関心を持つ集団を育てるには、時間と努力が必要です。時間については、経営トップの理解が欠かせません。物流現場の作業者は、日々の入出荷業務に追われるため、システム開発に費やす時間を確保するのは容易ではありません。そのため、多くの場合、開発ベンダーに全てを任せることが合理的な選択とされます。倉庫管理システム(WMS)の開発と導入は、デジタル化への第一歩に過ぎません。
システムの開発と導入にとどまらず、企業のデジタル文化を醸成することが私たちの最大の目的です。そのためには、現場を含むすべてのユーザーがデジタル化を積極的に推進する役割を果たさなければなりません。しかし、この目的を真に理解し、受け入れる経営トップは限られているでしょう。
システム開発を開発ベンダーに全て委ね、できるだけ迅速かつ効率的に必要なシステムを導入するのか、それとも組織全体の業務改善能力とデジタル文化を発展させるのか。
どちらを選ぶかは、組織のトップです。