画像素材:TKM/PIXTA
チポトレ・メキシカン・グリル(Chipotle Mexican Grill:以下CMG)は、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、フランスに店舗を構えるメキシコ料理のメガレストランチェーンです。トルティーヤで肉や野菜などを巻いた「ブリトー」のほか、「タコス」、「ブリトーボール」などが人気メニューで、高品質かつ新鮮な素材を使用して、健康志向の消費者に多くの支持を得ています。1993年にコロラド州デンバーで設立され、2022年末時点の総店舗数は3187店に上る米国最強のメキシカンファーストフードチェーンです。デジタル技術を活用したサービスにも注力しており、モバイルやオンラインを通じた注文の売上比率は実に4割を占めます。リアル店舗3000店以上を保有する外食チェーンでこの数字は驚きです。
本稿では、DXに積極的に投資して成長を続けるCMG社のRFID戦略について探りながら、DXの本質について考察します。
執筆:東 聖也(ひがし まさや)
■チポトレメキシカングリルのドライブスルー店舗外観
<目次>
1.DXについて違いを認識することが重要
最近では、「DX」という言葉が、その背後にある多くの理解やコミットメントなしに乱用されています。企業サイトや事業戦略に”DX”は散りばめられていますが、実際の意味でのDXを実現しているものは少ないのが実状です。DXはイノベーションとセットで語られることが多いですが、どちらも大きな変化を必要とします。これまで同様の小さな改善や生産性向上をDXやイノベーションと混同するのは危険です。何故なら、誤ったDXで満足してしまい、本当の意味でそれを実行している企業にどんどん置いて行かれるからです。「DX?うちもやっているよ。情報システム部の部長を責任者にして、DX事業部を立ち上げてね。彼に任せていれば安心さ。」このセリフは多くの危険性をはらんでいます。従来の情報システム部門の活動の延長にDXは実現しないのと、DXはトップが積極的に絡む大改革が必要がある2点において、疑念を抱くためです。
大きな組織や昔からある部門やコミュニティは変化を嫌います。そこに問題があります。DXの定義は難しく、かなり主観的なものです。私が好きなDXの定義は次のとおりです。「顧客に全く新しい大きな価値を提供する製品やサービスのソリューション」。完璧ではないかもしれませんが、
少なくとも間違った使い方ではありません。これだけでも、十分に機能すると考えています。重要な点は2点。「顧客に価値を提供する」ということと、「全く新しい大きな」ということです。1億円をかけてERPを刷新するというのは、この定義で評価すれば、DXではありません。これまでのIT化と同義です。
DXを宣伝するのは簡単ですが、実行するのは難しいです。正しく実行するには、違いを認識することが重要です。その違いを認識する上で、本稿でご紹介するCMG社のRFID導入プロジェクトは多くの経営トップに参考にして頂きたいと思います。
2.2022年4月からRFIDの概念実証を開始
CMG社は、2022年4月から在庫管理システムとトレーサビリティを根本から変革するために、シカゴ配送センターとシカゴ都市圏の約200店舗でRFIDのテストをオーバーン大学RFID研究室と提携して開始しました。 RFIDとは、商品や食品などに名称・値段・製造年月日などの電子情報を入力した「ICタグ」を貼り付け、IC読み込み装置の「リーダライタ」でそれらの電子情報を読み込むシステムのことであり、各製品の情報を個別に識別して記録するための技術です。
ICタグが内蔵された専用のラベルをCMGのサプライヤー5社の肉、乳製品、アボカドのケースに貼り付けし、店舗のスキャナーでスキャンすることで入荷検査を行います。RFIDスキャン機能は、店舗の既存のスキャナーにRFIDをスキャンできるオプションを追加することで対応しました。
このRFIDテクノロジーは、シリアルNOにより個体識別化することで、サプライヤーから店舗までの食品を追跡するトレーサビリティとして使用され、CMGが食品の安全性と品質に関する課題に、より効率的に対応できるように設計されています。
(提供:CMG ケースに貼られたRFIDラベルを専用のスキャナーで読み取る現場スタッフ)
3.RFID導入のきっかけは、8年前の食品安全問題
CMGは、2015年から2018年にかけていくつかの食品安全問題に直面して以来、長い道のりを歩んできました。この間、1,000人以上が大腸菌に感染し、経営陣の鈍い対応が売上の大幅な減少につながりました。同社は2020年に司法省と2,500万ドルの和解に合意しました。その和解の一環として、食品安全方針と手順を継続的に改善することを約束したのです。CMGは食品の安全性の問題への対応をRFID技術に懸けたのです。
「RFIDは在庫管理を高度にデジタル化し、店舗の運営を最適化し、本部がリアルタイムで全店舗の在庫データにアクセスできるようにします」と同社の最高店舗責任者のスコット・ボートライト氏は述べています。「このテクノロジーにより、従業員のエクスペリエンスが向上すると同時に、サプライヤーにも利益がもたらされます。サプライヤーが在庫管理や在庫ローテーションにかかる時間を節約し、ヒューマンエラーを減らし、賞味期限の可視性と説明責任を向上させることを期待しています」
RFID技術を全店舗に展開する前に、従業員やサプライヤーからのフィードバックも積極的に取り入れ、CMG社の最高経営責任者のローリー・シャロー氏
は、このプログラムを2年間開発してきたと語りました。
RFIDは食品ロスの削減など、食品コストの上昇やサプライチェーンの混乱に関連する現在進行中の問題も同時に解決できる可能性を秘めています。多くのレストラン従業員は手動で在庫を管理しているため、RFIDは従業員が在庫をより適切に追跡し、チェックに費やす時間を短縮するのに役立ちます。
たとえば、賞味期限が近づいている食品については、入荷検査時点でアラートを送信するといったこのも容易に可能です。
4.RFIDの全国展開を開始
先週、ロイター・サプライチェーン米国カンファレンスで副社長兼サプライチェーン責任者のカルロス・ロンドンノ氏は、「弊社は原則、すべてのサプライヤーに商品にRFIDタグを付けるよう要請した」と述べました。CMGは地域を限定してこの技術をテストしていますが、今後数ヶ月以内に全国的に展開する計画です。「米国には全国レベルで在庫を把握できるレストラン会社は今のところ存在しない」とロンドノ氏は語っています。
「自社の製品がどこから来て、どこにあるのかを常に把握することが不可欠です。何かが起こった場合にすぐに対処できるように、サプライチェーンとバリューチェーンを最大限可視化する必要があるのです」とロンドノ氏は語尾を強めて語りました。
さらには、作業スケジュール作成ツールと組み合わせることで、業務全体を大幅に改善することで、顧客満足度が向上にも成功しています。
作業スケジュールツールは人工知能と分析を利用して従業員が製品切れを回避できるように支援しています。
同社が実験を徐々に拡大するにつれて、その技術が液体や他の特定の食品に適用できるかどうかという疑問に直面しました。しかし、様々な困難にも粘り強く挑戦することで、ついに全国展開までこぎつけたのです。全店舗、全サプライヤーを巻き込んだデジタル維新を経営トップが断行し続けた結果であることは間違いありません。