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<目次>
1.急成長のNetflixはシンクタンクだった!?
米国のOTTサービス最大手のNetflixは米国時間7月20日、2021年第2四半期の決算を発表し、会員数は150万人増加し
合計2億900万人になったことを発表しました。前年の急激な伸びに比べると減速基調ではありますが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの
Netflixは現在、「世界で最も価値あるエンターテイメント企業」の座をめぐってウォルト・ディズニーと競い合うまでに成長しました。
そんな同社も2005年、当時DVDレンタルの最大手であったブロックバスターとバチバチにやり合っていた時期、投資評価を
大きく引き下げた時期がありました。ウォール街は当時多額の借り入れを抱えるブロックバスターの財務問題は無視して、代わりに
Netfrix株が一段と下落すると読んで空売りを仕掛けたのです。投資会社のロス・キャピタル・パートナーズのリチャード・イグラシアは「競争相手が増えて顧客の嗜好も変わっているというのにNetflixは受け身に終始して自ら行動しようとしていない」とレポートしました。その他の投資アナリスト達も「ブロックバスターやアマゾンの存在によって、Netflixの先行きは不透明だ」と一様に厳しい意見でした。
しかし、マラソン・パートナーズでヘッジファンドを運用するマリオ・シベリは違いました。彼はニューヨーク郊外にあるNetflixのロングアイランド物流センターを直接訪問し、そこで驚くべき事実を発見したのです。シベリが物流センターの管理責任者にインタビューしたところ、倉庫内の壁に張り出されている沢山のパフォーマンスチャートを見せられました。ヘイスティングスCEOの経営チームが非常にクオリティの高い物流システムを築き上げ、長期的な視点で経営していることをシベリは知ったのです。オフィスに戻ったシベリは、すぐに同僚たちにこう伝えました。「Netflixは表面的には巨大なビデオレンタル店に見える。しかし、内部を詳しく調べると全く違う。彼らはビデオレンタル店というよりもシンクタンクだ。長期的な顧客価値を最大化するために独自アルゴリズムを作り出し、複雑な物流システムを築きあげ、コスト最小化の方法を常に探っている」
現在ではNetflixはAIやビッグデータなどの最先端テクノロジーを駆使して、IT業界の勝ち組となりました。株式市場で圧倒的なパ
フォーマンスをたたき出し、フェイスブック、アマゾン、グーグルと共にFANG(ファング)としてくくられています。
2.物流AIはルールドリブンを採用
Netflixのように、AIを物流に導入すること自体は実はそんなに難しいことではありません。ゼロからAIを作り出す必要はなく、実績データをシステムに流し込んでしまえば、利用価値の高い予測値が簡単に出てきます。物流の分野でいま最もAIの導入が進んでいるのが需要
予測分野です。筆者の近所の大手スーパーも最近AIによる需要予測システムを導入したばかりです。お陰で在庫は一気に減りましたが、
欠品も同時に増えたようです。今後その辺りは上手くアジャストされていくのだと思います。
このようにAIは万能ではありません。どこの企業にもベテランの需要予測の達人がいます。彼らの経験と勘には勝てない場合も多い
と思います。しかし、そんなベテランが何人もいるわけではないし、そこまで人を育てるには何年もかかってしまいます。
また、今話題のディープラーニングや機械学習には膨大な実績データが必要になります。しかし、物流領域にそこまでのデータはあり
ません。中小企業が5年分のデータを搔き集めてもせいぜい1千万件レベルではないでしょうか。必要なデータが貯まるのを待ってい
たら何年かかるか分かりません。そのため物流分野では、流行りのディープラーニングや機械学習などのデータドリブンによるアプロ
ーチではなく、数理最適化等の古くからあるルールドリブン型のAI技術の方が適しています。物流領域には実に多くの条件が存在しま
す。最適な配送方法、配送ルール、発注方法は多くの取引先や顧客との制約条件を考慮して組み立てられます。
こうした複雑な条件を専門の数学チームが概念実証を繰り返し、80点~90点の最適解を自動的に導き出すのです。どこ企業にも一人は
いる発注や配車の達人が80点くらいの最適化を実行しているのだとすれば、AIではまずはそれと同等レベルを目指せばよいでしょう。
それ以外の普通の人だとせいぜい50点~60点ですから、誰が運用しても達人レベルを自動でこなしてくれるようになれば、企業の物流
最適化は一気に進むでしょう。
3.いかにして実用価値を高めるか?
このような話をクライアント企業にさせて頂くと、よく「100点を目指すのではないのか?」と聞かれますが、理論的に正しいからといって理論的にやろうとすればするほど、実用価値が落ちていきます。実用価値というのは、1円も違わない正確な数字のことではありません。実用価値とは信頼できる数字を導きだすことです。企業がデータを活用して、アジリティを獲得するには精密さよりも、信頼度が重要です。その信頼できる数値をいかに早く出せるか、まさにスピード勝負なのです。多少の誤差は良いのです。信頼度とは、その数字を持って判断したときに誤りがないもの。物流の現場は会計学をやっているわけではないため、95%の信頼度で5%のエラーがあっても全く構わないのです。
この考え方は古くからある品質管理「シックスシグマ(Six Sigma)」の考え方とも一致します。あのアマゾンもこのシックスシグマによって卓越した企業力を得たのです。バラつきのある製品やサービスのクオリティを高く一定に保つことで顧客満足度を高めるためのフレームワークです。
例えばあるネットショップの物流センターで、オーダーから商品が配送されるまでのリードタイム(日数)を調べたところ、1日~5日のバラツキがあることが分かりました。顧客アンケートを実施したところ、ネットで注文してから3日以内に商品が届けば顧客は満足するということがわかったので、4日以上かかる場合はサービスエラーとして定義することにしました。これをシックスシグマに当てはめて考えると、オーダー100万回のうち、配送に4日以上かかる回数を3.4回以内に抑えることが目標となります。この例のようにシックスシグマで理想としている品質レベルは相当高いのでこれをそのまま自社に適用する必要はありません。ここでは、物流に応用されるAI技術は理論的に正しい100点を目指すのではなく、実用価値を高めることを意識して導入するということをまずは理解することが大切です。