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<目次>
1.顧客との関わり方の変化
あらゆる業界で顧客との関係が変わりつつあります。これまで長い期間に渡って、顧客に商品やサービスを提供する側である
企業は、マスメディア戦略を取ってきました。企業からその他大勢の顧客に向けて情報を発信し、ブランディングし、自社のポジ
ションを確立することで、顧客との長期的かつ永続的な関係を築こうと努力してきたわけです。
そうした顧客との関係の中で実施される物流改革は、コスト削減や品質、納期などのサービスレベル向上といった領域が中心で
した。当然ですが、ITの投資もこの領域に対して行われてきたわけです。しかし、デジタルによって急激に変化するビジネス環境
の中で、顧客同士が無意識にネットワークを構築するようになってきました。顧客を中心として企業のブランディングやポジション
が確立されるようになったのです。これを本稿では「デジタル時代の顧客ネットワーク」と呼ぶことにします。
顧客が中心となるこのネットワークの中では、物流改革は自社のビジネスの強みをより強化することに注力することが求められ
ます。デジタル化によって、企業の意思決定と実行を支えるアジリティを確立する上で、最も重要な戦略は「強みに集中」すること
です。これは「従来のビジネスモデルを強化する」という意味とは異なります。
自社の強みが今現在のビジネスモデルを支えていると思いますが、その強みをさらに活かす形で新たなビジネスモデルや物流
戦略を打ち立て、そこにデジタルが融合されるということが必要になってきます。デジタル時代では、顧客はこれまでと違った新し
い役割を果たすようになっており、企業から顧客に対する1方向での関係ではなくなってきています。顧客は様々なデジタルプラッ
トフォームに接続し、企業とだけでなく、顧客同士でも繋がりネットワークを構成しています。このネットワークの中では、企業と顧
客の境界線が曖昧であり、あらゆることが流動的に、且つ従来の手順をスキップして購買活動が行われるようになります。さらに
このネットワークの中では、市場や業界の垣根も取り払われて、あらゆる関係者が「競合」にもなり「顧客」にもなるということが
起こっているのです。
強みを活かすことで、顧客ネットワークの中で顧客が自社のブランディングやポジションを適切な場所へと導いてくれます。
2.広島の事務機器販売店の顧客戦略
皆さんが所属する業界で考えてみてください。この先10年で、卸売業者の一番の競合は海外からの調達を強化している同業者
でしょうか。物流業事業者の一番の競合は、外資系の物流デベロッパーでしょうか?また同様に顧客についても考えてみてください。
この先10年で自社の主要な顧客は今現在と同じ顧客でしょうか?
例えば、広島の全域に顧客を持つ、ある事務機販売店O社の例を挙げてみましょう。O社は創業40年、コピー機やパソコンなどの
事務機器の販売をメインに地域密着型のビジネスで成功を収めてきました。O社は県内に2カ所物流倉庫を保有するまでに成長
し、商品の配送は宅配会社、もしくは自社の営業マンがセールスカーで顧客に納品を行っていました。
長年アナログで物流管理、在庫管理を行ってきましたが、昨今は取り扱いの商品も増え、営業事務や営業マンの管理工数が増大
しており、課題となっていました。そこで、物流システムを導入しようということになったのですが、従来のコスト削減や、サービスレベルの向上だけは、DXにしては物足りないということで、新たな物流ビジネスを仕掛けることにしたのです。
まずは自社の強みを分析しました。創業から40年で培った地域密着型の営業力と信用力が何よりの強みであることが分かりました。
この強みと物流デジタルを融合させてアイディアを練ったところ、おもしろいビジネルモデルが発案されました。
実はO社が抱えていた課題は、同業他社も同様でした。事務機販売店は県内だけでも百社以上あり、多くがO社と同じような社員
数十名の中小企業です。営業マンはセールス活動が主体となりますが、それ以外の商品管理の雑務に追われて本来の活動に
専念できずにいたのです。
O社は、競合であるはずの事務機販売店に対して、自社の物流システムをクラウド上で解放し、APIで接続、ログインして簡単に
接続できるようにしました。そして、事務機販売の「客注品」の注文を同業他社から一手に引き受けて、配送を行うというサービス
を開始したのです。この業界では「客注品」が日々発生します。顧客から頼まれた商品を仕入先に発注して入荷され次第、顧客に
営業マンが納品することがこの業界の常識でした。営業マンは顧客サービスの一環として、また納品時にクロスセリングをすると
いう名目でこの作業を送料ゼロで行っていました。
また客注品は顧客毎にその商品カテゴリ(よく頼まれる商品の特性など)が異なるので、量を仕入れることができず、利益が
上がらないケースも多かったのです。ある顧客ではパソコンのソフト、ある顧客では、ノートPCのような形です。そこでO社では、
こうした顧客企業の特徴をプロファイル化し、こちらの情報も同業他社に公開したのです。例えば、顧客企業A社では、年度末
前にはノートPCの注文が増えるといった情報です。そして必要な商品を同業他社に在庫があれば、その商品を自社の商品と
一緒に納品するなどして、顧客満足と同業他社の満足、自社の満足を一気に実現したのです。
昨今、多くの事務機器販売は厳しい経営状況が続いています。かつてのようにコピー機1台売れば数十万円の粗利があった時代
とは違って、薄利多売のビジネスとなっており、トナーなどの消耗品でなんとか利益を確保するというようなことが続いています。
一昔前であれば、競合相手に自社の顧客情報を開示したり、一緒に納品をするというようなことは、考えも及びませんが、デジタル
時代で新たな顧客ネットワークが構成される現在のビジネス環境ではどんどんこのような事例が生まれていくことでしょう。このビジ
ネスモデルの転換が成功した一番の要因は、O社の地域密着型による顧客や同業他社との信頼があったことは言うまでもありません。
3.DX時代に必要となる3つの顧客戦略
デジタル時代に構成される顧客ネットワークの中で、企業はどのような顧客戦略を打ち立てる必要があるでしょうか。物流の視点から
顧客戦略を選択する際に必要な3つの視点について解説します。
1.接続戦略
接続戦略とは、いつでもどこでも、より早く、より簡単に、顧客が自社に対してアクセスできるようにすることです。先のO社の事例では、自社の物流システムに顧客だけではなく、競合他社も接続できるようにしました。この戦略によって、O社は事務機器販売会社から
地域密着型の事務機器物流プロバイダーへと変貌を遂げたのです。顧客や仕入先はもちろん、同業他社に向けてもスマホ向けに最
適化されたウェブ・サイトを構築し、在庫や配送状況、発注や受注などをいつでもどこで閲覧、受付できるようにしました。
こうした幅広いアクセスを許可する新たなイノベーションの波が顧客ネットワークの中で生まれています。
2.適応戦略
物流業界では、より一層の標準化が望まれています。顧客毎にパーソナライズされたきめ細かいサービスは日本の物流企業の強み
ですが、最近ではそれも標準化を阻む”必要悪”として認識されることが増えてきました。しかし、物流サービスを提供する側の思い
とは裏腹に、顧客はより幅広いサービスを求める傾向にあります。デジタル・ネットワークで鍛えられた顧客は、自らの選択肢がさらに
多様になることを望み、必要に応じて必要なサービスを選択出来ることに喜びを感じるようになってきているのです。顧客はますます
カスタマイズされた体験に導いてくれることを待ち望んでいるのです。
物流における適応戦略とは、物流サービスを顧客のニーズに柔軟に適応させることです。標準化の真逆を行く戦略ですが、標準化
する箇所とカスタマイズする箇所を見極めるというのもこの戦略のポイントとなるところです。「顧客毎にカスタマイズするのは、コストもかかるし、これまで進めてきた標準化に反するので、うちは一切やらない」というのも選択肢の一つでしょう。しかし、ここで一つ
皆さまにお伝えしたいことは、顧客への個別適応は昔に比べて大幅にやりやすくなっているという点です。
標準化は〇、個別カスタマイズは×というのが物流業界の中では常識となりつつありますが、昨今のテクノロジーを上手く利用する
ことで、手間やコストをかけずに顧客ニーズに適応するということが可能になりつつあります。Amazonは徹底して顧客のニーズに超高速でミートしていますが、彼らの物流は高コスト体質でしょうか?「あそこは物量が桁違いだからやって行けるんだ」と思うかもしれませんが、もともと労働集約型である物流では、個別対応は物量に比例してコスト増になるはずですよね。
つまり、彼らはデジタルを徹底的に駆使することで、適応戦略を実行していると言えます。顧客は今後ますます多くの選択肢と自身に
カスタマイズされた商品やサービスを求めるようになっていくので、企業はそのような顧客の要望に応える方法を見つけ出さなければ
ならないのです。
3.共創戦略
3つの戦略の中で最も難しいのがこの共創戦略でしょう。従来、製品やサービスというのは自社の中で開発されるものでした。しかし
デジタル時代の顧客ネットワークの中では、全ての関係者がそれぞれの立場を超えて、共に創っていく戦略が求められます。先のO社の
事例でも、同業他社を巻き込んで客注品を出来るだけ安く、効率的に顧客に届けるサービスを考案しました。
これまでのビジネスの世界では、競争戦略が絶対とされてきました。しかし、もともと人間は社会的動物であり、誰かと一緒に何かを創ることに喜びややりがいを感じるようにできています。その一緒に作る相手が、デジタル時代の顧客ネットワークの中では、顧客であり、
同業他社であるわけです。
筆者の会社はWMSのパッケージベンダーですが、ソースを全てオープンにしています。今後同じような企業も増えていくとは思います
が、どこのWMSベンダーよりも先駆けてソースをオープンにしたのもこの共創戦略です。弊社が開発するWMSは、顧客でも、同業他社でも自由にカスタマイズして導入することが許されています。また現在弊社が開発中のLFA(Logistics Force Automation)は、同業他社と顧客と弊社が一緒になって共同開発を行っています。
競争戦略にどっぷり浸かってきた非デジタル世代の方々にとっては、共創戦略は簡単ではありませんが、今後はそれに果敢に挑戦して
いくことが大切です。何故ならデジタル時代の顧客は共創することを求めているからです。